気づいたら老後、おひとりさま

ある朝不安のなかで目覚めると、おひとりさまになっていました。しかも、老後。

老後というのは備えて迎えるものだと思っていました。しかし実際には、気づいたら、おひとりさまで定年退職の年を迎えていたというわけです。油断していたとしか言いようがありません。仕事は毎日忙しく、もともと定年後も再雇用制度で働くつもりだったため、はじめはほとんど実感はなく、ひとごとだったのです。はじめは。

そんな私の泰平の眠りを覚ましたのが、定年後初の給与明細でした。もともと紙のように薄かった給与からさらにこれでもかと極限まで削ぎ落とされた額面に、しばし愕然として言葉も出ませんでした。「え・・・これだけ?」そして、この非情な極薄給与明細がその後の私の生き方を根本から変えることになります。

Pyryです。某地方都市の中小企業で働いています。「そんなことも知らなかったの」「自業自得でしょ(笑)」という哀れみと嘲りの混じった冷ややかな囁きが聞こえてきます。たしかに。嘲笑されても、蔑まれても仕方がありません。それから1年近く経ちましたが、そう言ってやりたいのは他ならぬ私自身でもあるからです。でも、同時に、できれば過去の自分に助言してあげたいとも思うのです。

男女雇用機会均等法もなかった時代から、様々な不条理や不正義にも耐え、ときに戦い、破れボロボロになり、会社のため、人のために、浪費もせず、納税し、地道に働いてきました。振り返れば、自分の時間の大半を仕事に捧げてきたのです。しかし、今となっては分かります。私は仕事を失うことが怖かっただけです。そのことを「やりがい」や「社会貢献」という美辞麗句で覆い隠し、考えなければならないことや、やりたいことを先送りしてきたのです。そして、私の「やりがい」は搾取されてきました。

遅きに失した感は否めませんが、手遅れになる一歩手前のギリギリのところでこのことに気づくことができたと思っています。そして今、前向きに考え、行動しています。おひとりさまの老後生活を自ら生きるために。親や自分自身の介護、年金、家計、住居、老後資金、相続、終活など課題は山積しています。それらのひとつひとつに、自分なりに納得のいく答えを積み重ね、その記録を残していこうと思い立ちました。その結果として、エリートでも大企業の社員でもない、ふつうのおひとりさま女子の老後生活の事例として、その予備軍のお仲間たちの他山の石(ほとんど石ころですが)となれば幸甚です。

Pyry

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