『俺の家の話』が傑作だと思う理由

介護

TBSドラマ『俺の家の話』毎週見ています。もともと宮藤官九郎のファンだったので。しかもこのドラマ、家族の物語の背景に介護のトピックを丁寧に書き込んでいます。

第8話は圧巻でした。能楽師御山寿三郎(西田敏行)が孫に「隅田川」の稽古をつけようとしていた時に、重要な場面での謡の続きが出てきません。寿三郎は自身の認知症の進行に気づくと激しく動揺し、息子の寿一(長瀬智也)に強く当たってしまい、心にもないことまで言い募り、息子を傷つけてしまうのです。

認知症の当事者が自身の病の進行を自覚する瞬間とその後の心の変化を本当に丁寧に描いています。まさかと動揺し、そんな筈はないと否認するも否定できない現実が目の前に立ちはだかる。どこにぶつけたらいいのか分からない怒りを制御できない。その後深い悲しみを抱え、寿三郎は夜中独り車椅子で家を出て行くのです。

認知症の初期に、それまでできたことができなくなるとひとは不安や恐怖を抱くということはもっと知られるべきです。周りが驚いたり、悲しんだり、憐んだりすれば、それは伝わる。そうは言っても親が目の前で変わっていくのを受け入れることは難しい。

認知症当事者の不安や恐怖は、映画『アリスのままで』で、主人公のアリスの視線で見事に映像化されています。いつものコースでランニングを始めたアリスは突然自分がどこにいるのかが分からなくなります。慣れ親しんだ場所が突然見知らぬ場所に変わり、途方に暮れるアリス。意味を持っていた空間が意味を喪失し、バラバラの断片になっていくような感覚をアリスの視線で体験することにより、物語の外側にいる視聴者さえも言い知れぬ不安と恐怖に襲われる場面でした。言語学者のアリスは大学の授業で言葉を失い、ついに若年性アルツハイマーと診断されるのです。

『俺の家の話』に話を戻すと、その後、寿一はケアマネジャーの末広(荒川良々)に勧められ、寿三郎を一旦グループホームに入所させる決心をします。いろいろあって(省略)寿一だけで寿三郎を介護することができなくなってしまったためです。施設に残る親に見送られる息子。親がいつまでも手を振り見送っていることをひしひしと感じながら、必死に我慢して振り返ろうとしない息子の脳裏には父との思い出が溢れる。

この場面は突然私をある瞬間に連れ戻しました。父が亡くなってほぼ四半世紀が過ぎ、私はまもなく父が亡くなった年になろうとしています。父が入院していたのは確か8階のフロア、駐車場から病室の窓が見えました。車に着き振り返ると、父が窓から手を降っています。手を振り返す母と私。そして、最後にはいつまでも手を振り続ける父を振り切るように車に乗り込み、家路に着いたものでした。

ドラマや映画をみて泣くことは私の場合滅多にありません。泣かせようとしている意図が見えると一瞬で白けてしまうからです。しかし、クドカンはひとを笑わせて油断させ、魂を鷲掴みにして、物語の内側に私たちを引き摺り込むのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました