「痛くない死に方」はないと思う理由

在宅医療

『痛くない死に方』観てきました。後半の、宇崎竜童さん演じる大工の本多さんのエピソードは良かった。でも、前半は辛くて観ていられなかったです。主人公の医師が、自分の未熟さゆえに患者に「痛い死に方」をさせてしまうのです。とても酷い死に方を。その経験が彼を目覚めさせるのですが、苦しみぬいて亡くなった患者とその遺族にとっては、主人公医師が在宅医として成長してすむようなレベルの話ではないです。そう思ってしまうくらいに、患者役の下元史朗さんの演技が迫真に迫っていました。

「痛くない死に方=自宅での平穏死」はないかな。というのが、現時点での感想です。なぜなら、患者をひとりの人間として尊重し、いつなんどきでも、なにをさておいても往診にかけつけてくれる在宅医はなかなかいないと思うからです。

身も蓋もありませんが、ひとの使命感と善意だけに依存するシステムは成立しません。個人の犠牲を必然的に伴うからです。実際に、この映画では、主人公の家庭は崩壊し、同僚の女性在宅医には、在宅医療の仕事にやりがいを感じながらも「結婚できないかも知れない」と暗に言わせています。そんな状況で積極的に在宅医をやりたいと思うひとがどれだけいるでしょうか。迫りくる多死時代、患者の数は増える一方なのに。

『自宅で最期を迎えたい』の栗岡宏彰さんは「一切のプライベートを切り捨てて在宅医療に向き合って来た」と言っています。そして、「医師が個人の生活を投げ売るようなことをしなくても、日本中のクリニックの医師が普通に訪問診療を行い、普通に在宅での看取りができるようになれば良い」と続けていますが、簡単なことではありません。国の終末期医療政策が変わり、在宅医に大きなインセンティブがもたらされる何か根本的な変化がない限り厳しいでしょう。映画にはその辺にも踏み込んで欲しかったです。

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